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コラム

2018.12.22

<連載>粋と洒落!江戸の広告作法「えどばたいじんぐ」 ⑤


江戸の町人文化に華開いた、あの手この手の宣伝広告。そこには「粋・洒落」などの美意識の中で洗練された広告の作法がありました。世界に類を見ない独創的なアイデアや表現を当館のコレクションの中からシリーズでご覧いただきましょう。
*「広告」という言葉は明治5年に登場。江戸時代は引札、報條、告、報せ、口上などと呼ばれていた。


江戸の流行情報を満載の双六(すごろく)!
   


「東海道五十三 駅見立 江都名物当時流行双六」文政~天保年間

この絵双六は江戸で評判のショップやグルメ、流行りものを紹介する最新のニュース報道であり、子供も大人も一緒に楽しめるゲームソフトでした。東海道五十三次の道中(どうちゅう)を題材とする、この「江都名物当時流行双六(えどめいぶつとうじりゅうこうすごろく)」は、遊びと広告の両面を備えた、トレンド情報満載のツールだったのです。そもそも道中双六とは、お伊勢参りなどの旅行ブームにあやかって、宿場町やその土地の名物を紹介し、旅の楽しさを書きこんだものです。特に江戸と京都を結ぶ東海道道中は、庶民の憧れでした。
ではこの絵双六を具体的に見てみましょう。 

双六はサイコロを振って、早く上がりを競うゲームですが、まず【振り出し】日本橋のコマは、江戸っ子に人気の初松魚(はつがつお)、【上がり】の京都は、「江戸紫(えどむらさき)」です。江戸紫とは当時一番人気の流行色で、明るい紫色のこと。歌舞伎の演目『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』で助六が頭に巻いている鉢巻の色がそれでした。途中、会席料亭【八百善(やおぜん)】のコマには「ここにあたれば毎朝、日本橋へ買い出しに来る」と、振り出し(日本橋)に戻れという指示があります。また、【袖の梅(そでのうめ)】のコマでは、「二日酔いにて一日泊まる」と、ここで一回休み。この酔い覚ましの薬は歌舞伎「助六」にも登場します。コマに添えられた狂歌は「二日酔いせし客人の千鳥あし 袖の梅のに手をひかれて」と洒落のめして、双六ゲームの楽しさ満載です。この双六に載っているベスト55の中には、現在も盛業中の老舗、豆腐料理の「根岸笹乃雪」、白酒の「豊島屋」、隅田川向島の「長命寺桜もち」など、さらには歌舞伎の『団十郎の暫(しばらく)』、また「神田祭り」なども登場しています。流行に敏感な江戸っ子たちの暮らしぶりがそのまま伝わってきます。絵双六は浮世を映し出す鏡なのです。
まるで今日の流行情報誌「日経トレンディ」12月号のような、ヒット商品のトレンドがわかる報道性もありました。

絵双六は広告のメディアとしても優れていた。
双六のルーツは古く、盤双六と紙双六に大別されます。文字のみの紙双六からやがて、絵の入った絵双六が庶民の遊び道具として定着したのは、17世紀末ころからといわれています。庶民の正月遊びとして絵草紙屋で販売されていました。絵双六があらゆる階層に支持され、浸透していった背景には、その画題がさまざまな世相、風俗をよく反映していること。そして錦絵の隆盛がもたらした木版画の高度な技術や、浮世絵師らの優れた芸術性によるものです。
また極彩色で大判サイズであり、区画された多くのマス目には情報を多量に盛り込めること。遊具であるため読み捨てされず、繰り返し、飽きるまで用いられたことなど。このように絵双六は広告のメディアとして大変優れた性質をもっていたので、宣伝用として多く作られるようになりました。
版元には、掲載した商人等が出版費用の負担や、双六の買い上げをしてくれるなどの利点があったと考えられます。道中双六のみならず、庶民に人気の役者双六、大名出世双六など、競って絵双六が制作されました。芸術性の高い鑑賞品や贈答品、広告宣伝用など、江戸期だけでも数百種類も作られたといわれています。明治以降になっても絵双六は、その時代の夢や憧れを反映しつつ、盛んに作られていきます。  


執筆者プロフィール
アドミュージアム東京学芸員 坂口由之(さかぐち よしゆき)
1947年生。多摩美術大学卒業後、1970年㈱電通入社、クリエーティブディレクターの後、1997年広告美術館設立のため学芸員として参画。2002年「アドミュージアム東京」の開設時に企画学芸室長として運営に携わる。2007年(公財)吉田秀雄記念事業財団に勤務。現在はアドミュージアム東京解説員として勤務。日本広告学会会員

◆参考図書
・双六遊美 山本正勝著  ㈱芸艸堂  1988年刊
・すごろくⅡ(ものと人間の文化史)  増川宏一著 法政大学出版局  1995年刊
・嬉遊笑覧 喜多村筠庭著 長谷川 強/江本 裕/渡辺 守邦
/岡 雅彦/花田 富二夫(ほか校訂)  岩波文庫   2002年刊
・絵すごろく  <生いたちと魅力> 山本正勝著 ㈱芸艸堂  2004年刊
・江戸の出版 中野三敏 監修 ぺりかん社   2005年刊出版 
 
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