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Temporary Exhibitions・企画展示 広告青春時代−昭和の広告展[U]」(昭和20年〜45年)

「広告青春時代−昭和の広告展[U]」(昭和20年〜45年)
2008年7月30日(水)〜9月27日(土)
アド・ミュージアム東京(入場無料)

主催: 財団法人 吉田秀雄記念事業財団


開催にあたって 展示第1部第2部 スペシャルイベント 関連年表

開催にあたって

昨年に続く、「昭和の広告展」の第2弾として、本年は戦後復興から大阪万博頃までの四半世紀を取り上げます。私たちは、戦後の焼け跡から立ち上がり、繁栄と豊かさに満ちたアメリカ型生活への憧れをバネにキャッチアップを図り、さらに高度経済成長へと続くこの時代を、単に懐かしいレトロな世界としてではなく、輝きに満ちた躍動の時代と捉えました。
そして広告界においても、マーケティングの導入、民間テレビ放送等のマスメディアの成立、広告クリエーティブの開花、現代型広告ビジネスの確立などを背景に、斬新で華やかな広告活動が次々と展開され、広告界はまさに青春時代を謳歌していたのです。
本展では、日本の経済発展と共に歩んだ広告の瑞々しい姿を、当館の収蔵広告作品を中心に幅広くご紹介いたします。

財団法人 吉田秀雄記念事業財団
理事長 松 本 宏

 

 

日本の戦後は、廃墟の上に花開いた復興への夢と意欲から始まります。人々は失意の中に一条の光を求め、自由でおおらかな空気を謳歌し、よりよい明日を目指して突き進んでいきました。この四半世紀に、広告は時代を映しつつ何を伝えてきたのでしょうか。東京オリンピックや大阪万博、そしてファッションや娯楽にいたるまで、広告が紡ぎだした時代のメッセージの流れを、主に当時のポスターによってご紹介します。

 

街にまだ戦争の傷跡を残す昭和二十八年八月、民間テレビ放送が始まりました。  当時のテレビ受像機は、庶民にとってはまだ高嶺の花でしたが、テレビは瞬く間に国民を虜にし、街頭テレビには夜ごと群衆が集まってプロレス中継などに熱中したのです。当時のニューメディアであった民間テレビ放送は、広告の世界にも決定的な変化をもたらしました。魅力的な番組と共に送り出される多彩なCMは人々に高い関心とともに受け止められ、民間テレビ放送は、一躍、広告界の中軸を担うメディアへと成長していったのです。

 

終戦とともに押し寄せた豊かなアメリカ文化は、当時の人々にとって、まさに“欲望のショーウインドー”の役割を果たしました。そして消費に目覚めた大衆の存在を背景に、昭和三十年代には大量生産・大量販売・大量消費の時代が幕ひらきます。広告は、「豊かさ・快適さ」へと誘う魅力的なメッセージと共に、続々と登場する家電製品や乗用車などの革新的な新商品や、ファッションやレジャーなど生活を彩る商品がもたらす、潤いのある豊かな暮らしを演出しました。

*写真をクリックすると、会場展示風景がご覧いただけます

 

間放送の開始は、広告界に新しい可能性をもたらしました。すなわち、広告は新聞・雑誌に加えてラジオ・テレビという革新的な音声・映像メディアを手にしたのです。折からの戦略性豊かな広告キャンペーンの増加や、多彩な表現技術の登場とあいまって、広告は新しいステージを迎えました。伝統的な巨大メディアである新聞や、成長著しいテレビに加えて、クラスメディア化する雑誌やラジオなど、四大マスメディアの確立は、それぞれの特徴を活かした統合的な広告戦略を可能にしたのです。

 

戦後の広告界隆盛の大きな要因として、わが国におけるデザイン意識の確立が挙げられます。戦後、アメリカからもたらされた優れたデザインは、日本人に大きなインパクトを与えました。それは、マスプロ化する製品生産にインダストリアルデザインの視点を注入し、日本人の手による独自の優れたデザインを産み出しました。そしてこれらの斬新なデザインは、使う側の視点に立った合理的な美しさを追求し、居住空間や消費行動に変化をもたらす新たな提案として、産業界全体のより幅広いデザイン意識の高揚を促したのです。

 

産業界におけるデザイン意識の高まりは、それまで商業美術と呼ばれていた分野にも革新をもたらしました。すなわち、時代に啓発されたデザイナー達が個人名で活発な制作活動を展開し、グラフィックデザインというジャンルを確立したのです。彼らは、デザインに対する啓蒙活動を精力的に展開してその社会的価値を高め、同時に広告デザインにおける中心的地位を確立してゆきました。

 

産業界へのマーケティングの定着と四大マスメディアの成立は、わが国に本格的な広告キャンペーンの時代を実現しました。特に続々と登場する新商品やサービス、化粧品などの流行性豊かな商品群の増加は、市場の特性や消費者の購買行動に基づいた周到な広告戦略を産み出しました。そして知恵を活かしたプレミアムキャンペーンなどの試みとともに、多様なメディアを駆使した華やかで強力な広告キャンペーンが全盛時代を迎えました。

 

戦後の広告界の隆盛は、経済発展による豊かな社会を目指した産業界の強い意欲とたゆまぬ努力の賜物です。広告会社はマーケティングに裏打ちされた広告活動を実現するために、様々な組織改革を行い、広告主の多様化・高度化するニーズに応えました。さらに、万国博覧会やオリンピック、各種のショーなどを、企業コミュニケーションの領域を拡張する新たなメディアとして捉え、広告ビジネスの拡大に乗り出しました。

*写真をクリックすると、会場展示風景がご覧いただけます


 

豊かな暮らしを夢見た昭和30年代、この頃茶の間の中心にはいつもテレビがありました。民間テレビ放送が黄金期をむかえ、広告もテレビという新しい可能性に向かって大きく羽ばたいていた時代です。若さあふれるテレビの青春時代、その活き活きした空気を伝える懐かしいテレビ番組を、(財)放送番組センターとの共催及びテレビ局、映画会社、制作会社のご協力により下記の通り上映します。


 

PDFデータもダウンロードできますのであわせてご利用ください。PDFデータはこちら

●開催中の模様
AVホール 開催中の昭和30年代番組上映会の模様

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関連年表
西暦 元号 広告・メディア関連事項 政治・経済・社会一般
1945 昭和20 「民衆放送株式会社」(後の東京放送)開設を申請 第二次世界大戦終結/婦人参政権制定/第1回宝くじ発売
1946 昭和21 日本新聞協会発足/日本雑誌広告協会発足/雑誌の復刊・創刊が相次ぐ 日本国憲法公布/経団連創立/プロ野球復活/第1次農地改革/物価統制令
1947 昭和22 新聞広告料の統制撤廃を申請/吉田秀雄が電通第4代社長に就任 改正民法公布/6.3制の義務教育が始まる/ 古橋広之進が400メートル自由形で世界新記録
1948 昭和23 新聞広告料約50%値上げ/日本放送協会(NHK)がテレビの有線実験/ 第1回新聞週間実施/第1回「広告電通賞」開催 サマータイム実施/戦後初の日本人によるファッションショー開かれる
1949 昭和24 全国の広告代理業が225社に増加/年間広告費が前年比318.2%の伸び/ 有力紙で夕刊が復活 1ドル360円の単一為替レートを実施/湯川秀樹にノーベル物理学賞
1950 昭和25 日本新聞広告業者協会(現・日本広告業協会)発足/ アメリカ博など、各地で博覧会が相次ぐ 朝鮮戦争勃発・朝鮮特需で経済が活気付く/満年齢実施/ 山本富士子が第1回ミス日本に選ばれる
1951 昭和26 民間ラジオ放送開始/日本民間放送連盟が発足/ 有力紙朝夕刊セット制を実施/日本宣伝美術会(日宣美)発足 日本が講和条約・日米安保条約に調印
1952 昭和27 ABC懇談会(現・日本ABC協会の前身)が発足/東京商業美術家協会が発足/ 東京アド・アートディレクターズ・クラブ(DC)が発足/ラジオドラマ「君の名は」放送開始 日本がオリンピックに戦後初参加
1953 昭和28 日本テレビ放送網が民間テレビ第1号として開局・テレビCM第1号は精工舎の正午の時報/ 全日本広告連盟が発足/森永製菓が東京・銀座に地球儀型ネオンを設置 朝鮮戦争終結/日米友好通商航海条約に調印/ 日本初のスーパーマーケットが東京・青山に開店
1954 昭和29 街頭テレビブームとプロレスブーム/第1回全日本自動車ショー開催/ 第1回ADC展開催 防衛庁・自衛隊が発足/ 電気冷蔵庫・洗濯機・テレビが「三種の神器」と呼ばれる
1955 昭和30 全広連が第1回全日本広告展を開催/東京・晴海で第1回国際見本市を開催/ 慶応・早稲田・明治・立教四大学が学生広告研究団体連盟結成/グラフィック'55開催 経済企画庁発足/日本生産性本部が発足/日本住宅公団発足/神武景気
1956 昭和31 日本生産性本部が米国へマーケティング視察団を派遣/日本雑誌協会発足/ 「週刊新潮」創刊/各地方の広告協会が発足 経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言/太陽族が話題に/水俣病発症
1957 昭和32 カラーテレビの実験放送開始/日本広告主協会が発足/日本マーケティング協会が発足/ 初の女性週刊誌「週刊女性」創刊/電通がAE制を採用/通産省がグッドデザインGマークを制定 日本初の原子炉が臨界実験に成功/なべ底不況/ 東京都が都市の人口で世界一になる(約852万人)
1958 昭和33 東京で第1回アジア広告会議開催/「新聞広告の日」始まる/「週刊明星」、「女性自身」等週刊誌の創刊が 相次ぐ/コピー十日会(現・東京コピーライターズクラブ TCC)が発足/外国テレビドラマブーム 日本貿易振興会(JETRO)が発足/初の即席ラーメン・缶ビール発売/ 岩戸景気/東京タワーが完成
1959 昭和34 テレビ広告費がラジオ広告費を抜く/週刊誌ブーム「朝日ジャーナル」、「週刊文春」、「週刊現代」、 「週刊平凡」、「週刊少年マガジン」、「週刊少年サンデー」等が創刊/ラジオ深夜放送開始 皇太子御成婚/消費は美徳(消費革命)/メートル法施行/
ビート族・カミナリ族が流行/児島明子がミス・ユニバースで優勝
1960 昭和35 CM合同研究会(現・全日本CM放送連盟 ACC)が発足/ 民放およびNHKがカラー本放送を開始/世界デザイン会議を東京で開催 日米新安保条約を調印/国民所得倍増計画を閣議決定/ベトナム戦争始まる/ 即席麺などインスタント食品が台頭/四日市ぜんそく発症
1961 昭和36 日本ABC協会による新聞部数公査開始/第1回ラジオ・テレビCMフェスティバル(CM合同研究会)開催/ 第1回消費者のためになった広告コンクール(日本広告主協会)開催 レジャーブーム/日本消費者協会発足
1962 昭和37 テレビ受像機が1000万台を超える/ テレビ視聴率調査のビデオリサーチが発足 不当景品類及び不当表示防止法施行
1963 昭和38 自由経済圏30か国中で日本が広告費の増加率世界一に(IAA調査)/民放連がラジオ広告 キャンペーンを開始/最初の日米衛星中継テレビで、ケネディ大統領暗殺が報道される 流通革命
1964 昭和39 東京オリンピック大会の宇宙中継成功/「平凡パンチ」創刊/ 「木島則夫モーニングショー」放映開始 開放経済体制へ移行/東京オリンピック開催/東海道新幹線開業/ 海外観光旅行自由化/巨人の王貞治が1シーズン55本の本塁打で日本記録
1965 昭和40 年間広告費が戦後初のマイナスになる/ 民間ラジオの全国ネットワークJRN・NRNが発足/「11PM」放送開始 海外旅行熱が高まる/エレキギターブーム
1966 昭和41 民間テレビのニュースネットワークNNN・FNNが発足 景気回復・いざなぎ景気始まる/住民登録人口が1億人を超える/カラーテレビ、 カー、クーラー(3C)が「新三種の神器」となる/ザ・ビートルズが来日
1967 昭和42 東京キー局がカラーテレビの本放送を開始/マクルーハンのメディア論がブームに 政府が資本自由化に踏み出す/ツィギーの来日により、ミニスカートが大流行/ グループサウンズブーム/アングラブーム
1968 昭和43 民放連「放送広告の日」を制定/集英社「週刊少年ジャンプ」創刊 国民総生産が自由世界で第2位に/日本初の高層ビル霞ヶ関ビル完成/ 大学の学園紛争が相次ぐ/サイケデリックブーム
1969 昭和44 世界広告会議(IAA)東京大会開催/NHKが日本初のFM放送を開始/「夕刊フジ」、 「週刊少年チャンピオン」、「週刊ポスト」、「日刊アルバイトニュース」創刊/日本広告学会発足 アポロ11号が月面に着陸/東名高速が全線開通
1970 昭和45 日本広告業協会が発足(日本新聞放送広告業者協会から改組)/日本雑誌広告協会が「雑誌広告の日」を制定/日宣美が解散/「アンアン」創刊 大阪で日本万国博覧会を開催/いざなぎ景気の終息/コンシューマリズムが台頭
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