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アド・ミュージアム東京について 吉田秀雄プロフィール

(株)電通第4代社長・吉田秀雄は、わが国の広告産業の発展に大きな足跡を残すとともに、広告およびマーケティングに関する理論と技術の普及・発展に尽くしました。
すなわち戦時体制下において、広告業界の整理統合および広告代理業手数料率の適正化を実現。戦後は民間放送の創設を推進する一方、広告料金の逓減料率制の導入、広告関係団体の設立等に中心的役割を果たし、近代的広告産業の実現と広告取引の秩序確立に邁進しました。
 
また「広告は科学と芸術の総合である」という信念に基づき、最新のマーケティングおよび広告理論の導入に取り組む一方、クリエーティブの高度化を推進し、1948年にはわが国のクリエーティブ技術の発展向上を目指して、優れた広告作品を毎年顕彰する広告電通賞を創設しています。
わが国の経済復興が進んだ1950年代半ばからは、対広告主活動を中心に据えた欧米の広告代理店を手本に、電通を近代型広告会社へと発展させ、新しいビジネスモデルの可能性を広告業界に示しました。
1961年、広告の国際的発展に貢献した功績により、国際広告協会(IAA)からマン・オブ・ザ・イヤー賞を受賞。「鬼十則」の名で知られる氏の厳しい行動規範とともに、日本の広告界にこの人ありといわれました。
1963年1月、病を得て現役のまま59歳で他界。没後、従四位勲二等瑞宝章の追贈を受けました。


吉田秀雄年表
1903年 福岡県小倉市に生まれる
1928年 東京帝国大学卒業、直ちに日本電報通信社(現・株式会社電通)に入社
1942年 6月取締役に就任、同年12月常務取締役に就任
1947年 日本電報通信社第4代社長に就任
「日本広告会」(現・東京広告協会)の設立に尽力
1948年 「広告電通賞」を制定し第1回贈賞を行なう
1950年 「日本新聞広告業者協会」(現・日本広告業協会)の設立を推進
幹事長に就任
1952年 「広告料金の逓減料率制」を提唱
  新聞雑誌発行部数公査機関「ABC懇談会」(現「日本ABC協会」)設立を実現
1956年 IAA(国際広告協会)極東豪州地区担当副会長に就任
1958年 アジア広告会議を東京で開催
1961年 IAA(国際広告協会)より、1961年度広告功労者賞(“MAN OF THE YEAR”)を東洋人として初めて受賞
1963年 死去、享年59歳

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