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パブリック・リレーションズの導入

「それはPRみたいだね」とか「あの人はPRが上手い」という様に、いまやPRという言葉はごく日常的に使われています。しかし、PRの歴史を繙いてみると、ここにも広告界の巨人、吉田秀雄が大きな足跡を残していたのです。今回はそんな事実をたどってみることにしましょう。
 
わが国におけるPRの導入は、1947年(昭和22年)3月、当時の連合軍総司令部(GHQ)が日本の民主化政策の一環として、地方自治体にPRO(パブリック・リレーションズ・オフィス)を置くよう指導したことに始まるといわれています。そこには、日本の民主化政策の一環としての“開かれた地方行政”の実現と、それを正しく判断できる“健全な世論形成”が意図されていたことは言うまでもありません。
 
1947年6月、電通社長に就任した吉田は、このパブリック・リレーションズという概念が、企業と消費者や社会を繋ぐ新しい理論として、広告の世界に何らかの革新をもたらすのではないかと考えました。
そこで、当時電通の渉外課長であった田中寛次郎という人物に、PRに関する本格的な研究を命じます。田中は、GHQから手に入れたPRの原書をテキストに、社内の若手を集めて週2回2時間ずつ、月8回という、猛勉強を始めました。記録によれば、初任給が3800円だったその時代に勉強会1回の手当が200円、かつ当時としては貴重なケーキとコーヒー付きであったということからも、吉田がPRの導入にきわめて意欲的であったことが分ります。
 
1949年(昭和24年)3月、PRの本格的導入を目指して、文字通り官民を網羅した弘報連絡協会(PRISA)という団体が結成されました。中央政府各省、赤十字や日銀、マスコミ、そして電通を含む企業が名を連ねたPRISAの目的には、「官民の弘報宣伝関係の専門家を打って一丸とし、特に技術と社会的地位の向上を図り、併せて相互の親和をはかる」という言葉が掲げられていました。  
そして吉田は、1950年(昭和25年)このPRISAの2代目会長に就任、その事務局は電通の外国部の中に置かれていました。
 
また、1949年(昭和24年)7月に開催された、電通夏期広告講習会の戦後第1回の講習会では、先の田中が「パブリック・リレーションズについて」という講演を行なっています。この講演は「PRとは」にはじまり、PRの歴史、PRの理論と定義、PR活動の内容等を網羅し、わが国のPRの歴史に残る記念すべき講演であったと言われています。
 
この間、吉田はいわば社長特命事項として、電通社内においてPR理論の研究とその事業化を推し進めていきました。
1952年(昭和27年)4月の電通社報に、吉田はこんな一文を載せています。
「商業放送計画ならびにその事業に払った電通の努力、犠牲については、いまさら喋々の必要はあるまい。PR紹介のために費やした電通の叡智と労力については、誰人もこれを認めないわけにはいくまい。しかもこのふたつが、戦後の日本広告界に投げた波紋と効果は、本質的なものであったことを、何人も否定できまい。その他の諸事業にしても、ただ単に電通の利益のためにのみ、計画され、なされているものかどうか、業界有識の人々がすでに十分判断してくれている。その行動の理念と活動の成果が次々に証明してくれてもいる。」
 
この一文からも明らかなように、吉田はPR概念の導入と実践、事業化を、商業放送の実現にも匹敵する価値ある活動と位置付け、なおかつひとり電通のためのみならず、社会・産業界のために懸命に取り組んでいることを述懐すると共に、その心情を業界有識の人々が必ずや理解し、支持してくれると確信していたことを読み取ることが出来ます。
 
PRとは、突きつめていえば「個人・集団を問わず、行動の主体と客体の間で、いかにして好意や理解、信頼を確立すべきかという理論と手法の体系」です。  
そして、そのような視点を持ってPRを捉えるならば、何故、吉田がPRと広告との融合に情熱を燃やしたかが鮮明に浮かび上がってきます。
コーポレート・コミュニケーションという枠組みの中では、PRと広告とは対立する概念としてではなく、両者が相補って機能する、いわば協働する概念として存在していかなければならない。
吉田が言いたかったのは、実はそうことだったのではないでしょうか。


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