資料番号:1986-11
家むら
江戸期/木製看板/80.2×46.2×6.0(cm)
「こんげん ふかくさ 家むら」と彫られた団扇屋の看板。京都・深草は団扇の名産地であり、この看板では、「家むら」が製造販売の元祖とうたわれている。
所蔵・アド・ミュージアム東京
資料番号:1988-1293
江戸期/木製看板/40.5×10.5×10.5(cm)
筆をかたどった模型看板。店の軒先で目立つように、ずんぐりした形になっている。江戸時代にはこのように、商品を模った看板が多く作られ、遠くからでもよく見えるような工夫を行っていた。
資料番号:1986-278
江戸末期/木製看板/48.3×37(cm)
両替商が用いる秤(はかり)の分銅を模した懸け看板。当時、江戸では金と銅の計数貨幣(額面が決まっている貨幣)、上方では銀の秤量貨幣(重さで価値を決める貨幣)が主に流通していたため、両者の両替には秤が必需品だった。
資料番号:1989-1
守田治兵衛(もりたちへい)
明治期頃/木製看板/60.2×151.7(cm)
諸病に効くとされた家庭常備薬「宝丹」の看板。店主の守田治兵衛自らが看板に書いた特徴ある書体は“宝丹流文字”と呼ばれ、商品や店名を記す際に用いられた。現在のロゴタイプに通じるこの書体が当時人気を博した。
資料番号:1986-1164
好蘭堂(こうらんどう)
江戸末期頃/木製看板/104×46(cm)
上部に「HOLLANDS REMEDIE(オランダ治療薬)」と書かれている薬の看板。江戸時代の西洋医学はオランダ医学が中心であったことを伝えている。
資料番号:1988-1309
保阪時計舗(ほさかとけいほ)
明治期頃/木製看板(一部ガラス)/69×78.5(cm)
英語が入ったメガネ屋の看板。当時としては珍しくレンズの部分にガラスがはめ込まれており、金箔文字をあしらった装飾的な作りになっている。独創性があり、人目につくように工夫された看板。
資料番号:1986-1958
坪井薬店(つぼいやくてん)
明治末期頃/木製看板/51.5×41×41(cm)
踏み台を兼ねた薬店の置き看板。店の中で薬箪笥の上段から商品を出し入れする際などに用いられた、実用的な動く看板であった。「猫イラズ」とはヒ素を用いた殺鼠剤で、猫を「免職」し、ネズミ取りかごを「ハライモノ」としているところが面白い。
資料番号:1990-31
千葉商店
明治期/木製看板/69×91(cm)
東京銀座にあった千葉商店の紙巻煙草の看板。登録商標の牡丹が色彩も鮮やかに彫刻され、額の上部には3つの博覧会の受賞メダルが彫り込まれている。千葉商店は岩谷、村井と並ぶ大手煙草商のひとつであった。
資料番号:1987-1167
平尾賛平商店(ひらおさんぺいしょうてん)
大正期/油絵看板/54×167(cm)
「レート」は日本で最初にフランス語を使用した化粧品名であり、牛乳を意味している。製造元の平尾賛平商店は自家製品を「レート化粧料」と呼び、看板の中にも「LAIT TOILET」の文字が見られる。大阪の「クラブ化粧品」と人気を競った、当時の有名ブランドであった。
資料番号:1986-1153
藤沢商店(ふじさわしょうてん)
昭和初期頃/ホーロー看板/48×30.3(cm)
琺瑯(ほうろう)は光沢があり耐久性もあるので、屋外広告に盛んに用いられ、特に大正、昭和初期にかけて広く普及した。藤澤樟脳は一般の衣類の防虫財。この効能を意識してか、商標には厄病神を追い払い、魔を除くといわれる中国の神様の鐘馗が商標として用いられている。