資料番号:2005-6
慶応3(1867)年3月/26×19.1(cm)
幕末の外国人居留地で英人宣教師が発行した日本語新聞。その第三集には、日本人として最初の広告主、横浜元町・中川屋嘉兵衛による外国人向けパン、ビスケット、ボットル(バター)の広告が掲載されている。
所蔵・アド・ミュージアム東京
中川屋嘉兵衛
慶応3(1867)年3月/22.5×3(cm)
日本人として最初の広告主、横浜元町・中川屋嘉兵衛による外国人向けパン、ビスケット、ボットル(バター)の広告が掲載されている。
資料番号:1998-735(1)-1
明治5年11月6日/51.5×32.8(cm)
『横浜毎日新聞』は、日本で最初の日刊紙として、明治3年に創刊。西洋紙に鉛活字という新聞は、当時としては革新的であった。
郵便蒸気船会社
明治5年11月6日/17.3×10.7(cm)
郵便蒸気船が東京と大坂を出帆する日と船名が記された広告。交通革命をもたらした明治維新を象徴している。
資料番号:1997-1011(1)
丸善
時事新報 明治40年3月1日/53.8×39(cm)
売薬とともに多かった出版広告。創刊25周年記念号の『時事新報』は、日本新聞史上最大の224ページ、うち広告は200ページ以上に及び、掲載広告件数は580余件、1ページ広告だけでも55件にのぼった。その一面を飾った百科全書の広告。
資料番号:1990-753-1
平尾賛平、岩谷商会、他
報知新聞 明治36年2月1日/50.0×35.7(cm)
報知新聞は明治34年に色刷りのマリノニ輪転機を導入。翌年から毎週月曜日に色刷り版を出した。アールヌーボー調のデザインで統一された連合広告に明治時代末期の嗜好が見てとれる。
資料番号:1988-2549
澤本洋反物店、松屋時計店、他
大阪朝日新聞 大正11年 1月15日/52.7×38.5(cm)
朝日新聞の1ページに、商品広告を歌い込んだカルタを印刷したもの。「…かう云ふ面白い奇抜なかるたを考案しましたから裏張りをして切り取って下さい、そしてお父さんや、お母さんに読んで頂いて楽しくお遊び下さい、賢い坊ちゃんや、嬢ちゃんはよく之を覚えてお父さんや、お母さんが買物をなさいます時に品物や、店名を教へて上て下さい」とある。
資料番号:1992-798
改造社
国民新聞 大正15年11月8日/25.4×37.5(cm)
1冊1円という安さの文学全集全36巻の予約募集広告。全国から38万通もの申し込みが殺到し、「円本ブーム」が始まった。競合他社もこれに続き、華々しい広告合戦が繰り広げられた。