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コラム

2019.04.16

【イベント・レポート】裏アーカイブProject#3 - 情報は混ぜてみることで面白くなる -


アドミュージアム東京の交流スペース「クリエイティブ・キッチン」では、広告業界からはなかなか目を向けられない“広義の広告”、知る人ぞ知る広告=「裏アーカイブ」を発見・収集して、光を当てるという「裏アーカイブProject」を進めてきました。

2019年2月27日(水)に開催された第3回には、電通社員であるとともに広告以外の分野でも活躍するオルタナティブ集団「電通Bチーム」のリーダー・倉成英俊さんをはじめ、木村年秀さん(電通クリエーティブディレクター)、鳥巣智行さん(電通コピーライター)、広告業界注目のクリエーターである小野直紀さん(博報堂monom代表、クリエイティブディレクター・プロダクトデザイナー)、食のプロデューサーの坂西理絵さん(料理通信社代表)の5人が集結。


各登壇者が持ち寄った、とっておきの裏アーカイブを通して、広告の本質に迫る白熱の議論が交わされました。会場にはオーディエンスが詰めかけ、すぐに満員になるほどの盛況ぶり。さて、今回取り上げられた裏アーカイブとは?
 
コミュニケーションの功罪


鳥巣 智行(とりす ともゆき)氏

トップバッターは鳥巣さん。長崎県出身で、学生時代から原爆被爆体験の伝承に取り組んできたという、自他ともに認める根っからの平和活動家です。現在は電通に勤務するかたわら、五島列島で民家をリノベーションした図書館「さんごさん」の運営にも携わっています。

1つ目に取り上げたアーカイブは看板です。
「もうすぐ3月11日になりますが、これは福島県の双葉町にある看板です。1988年に公募で選ばれた当時小学校6年生の標語”原子力明るい未来のエネルギー”が採用され、町に設置されたものです。言葉が世の中を良くする事もあれば、その逆もある、というまさにコニュニケーションの功罪を体現したような、忘れてはならない事例だと思います。」と、鳥巣さん。


福島県双葉町の原発の標語看板「原子力明るい未来のエネルギー」

朝日新聞デジタル 東電福島第一原発事故(3) http://www.asahi.com/photonews/gallery/fukushimagenpatsu3/110505_futaba.html


そして、違う角度からのおすすめのアーカイブが「神のみぞシール」。神社ではよく、参拝客が「絵馬」に自分の願い事を描いて奉納しますが、最近の個人情報保護の流れを受けて、描いた内容がわからないように、絵馬の表面に貼るアイデア商品がこれ。
「せっかくのアイデアも、“個人情報保護シール”といった、ありきたりのネーミングでは広がらないでしょう。こうした“働くダジャレ”が大好きですね」と、鳥巣さんは話します。

pbs.twimg.com

 
客の想像力をかき立てる「文字のないメニュー」


坂西 理絵(さかにし りえ)氏

二番手の坂西さんは、食に関するメディア活動にとどまらず、日本の食文化の普及、新しい食生活のコーディネートなどの分野でも幅広く活躍中。「食材を作る人、使う人、そして、食べる人をつなぐコミュニケーションが重要だと考えています」と力説します。

坂西さんならではの、食にまつわるアーカイブの一つがワインの「エチケット」、すなわちワインの容器に貼られたラベルです。山梨県のワイン「ボー・ペイサージュ/Beau Paysage(美しい景色)」のラベルには、「グラス1杯のワインで地球が変わります」と書かれているとのこと。

「このワインには、地球環境を考えてブドウを栽培し、ワインを造るという考えが背景にあります。これは、食への意識を変えることが、地球を変えるような大きな変化への一歩になるというメッセージなんですね。実際に、ラベルに書かれたメッセージが有名シェフやワイン愛好家の心を動かし、このワインは全国で引っ張りだこになっています。」と、坂西さんは解説します。


ワイン「ボー・ペイサージュ」のラベルのメッセージ

『料理通信』2008年7月号


もう一つのアーカイブが、タイ・バンコクにあるインド料理店「ガガン」の「文字のないメニュー」。コース料理の1品ごとに野菜や鶏などのイラストがアイコンとして描かれているだけで、客は料理を想像して食べなければなりません。そして、客が食べ終わったときに料理の説明文が手渡され、“謎解き”がなされるという趣向です。
「アジア屈指の有名店なんですが、『お客さまに驚きと考える楽しみを与えたい』というシェフの意図のようです」と坂西さん。
 
レコードジャケットという自由な創造空間


木村 年秀(きむら としひで)氏

次に登壇した電通の木村さん。実は、音楽ファンに広く知られるDJ「moodman(ムードマン)」という、もう一つの顔があります。
LPレコードの収集家としても有名で、コレクションは10万枚にも及ぶそうです。今回は、そのLPレコードのジャケットを、裏アーカイブとして推薦しました。

紹介された数々のレコードジャケットの中でも目を引いたのが、1969年に発売された『ポール・モーリアR&Bの素晴らしい世界』。
ジャケットのカバーをデザインしたのは、かの横尾忠則氏。「ポール・モーリアさんの顔が扉になって開くという、アバンギャルドなデザイン。ムーディーな曲調と全然マッチしていない。完全に横尾さんの世界が作り上げられているんですね」と木村さん。

木村さんは、「当時のレコードジャケットの制作は、かなりの自由度があったわけですね。デザイナーにとって、ジャケットは自分の表現をするためのキャンバスであり、新しいアートの発信源にもなっていたのでしょう」との見方を示します。


横尾忠則氏がデザインした『ポール・モーリア R&Bの素晴らしい世界』のジャケット
 
“機能しないデザイン”が新しい表現の源になる


小野直記(おの なおき)氏

木村さんからバトンを受けたのは博報堂の小野さん。大学では建築学を学んだという、異色のアドマンです。同社のプロダクト事業「monom(モノム)」代表として、おしゃべりができるぬいぐるみ「Pechat(ペチャット)」の開発などを手がけています。このペチャットは同社初となるデジタルガジェットの製品で昨年、10万台以上を販売したそうです。
一方で、同社が発行する季刊専門誌『広告』の編集長にも就任しました。

そんな小野さん一押しのアーカイブは、「Formafantasma(フォルマファンタズマ)」というイタリア出身で、オランダで活躍する2人組の作品群。魚の骨、小麦粉、プラスチックなど身の回りにある素材を使った、魅力的なデザインなのですが、「生活には何の役にも立ちません」と、小野さんはコメントします。
小野さんによれば、フォルマファンタズマは、プロダクトで生み出されたモノには、「本来の機能だけでなく、人間の想像力をかきたて、イマジネーションを豊かにする機能だってあるのではないか」と主張しているとのこと。プロダクトデザインに対する、一種のアンチテーゼなのだそうです。

「例えば、広告のデザインというのは、商品の販売を促進する、情報を広めるといった、何らかの働きを持っています。それによって、クライアントから対価をいただく。広告を含めたプロダクトデザインは、すべて課題を解決するためのデザインと言ってもいいでしょう。しかし、そうしたデザインばかりではつまらない。世の中の広告の99%は、機能はしているが、“クリエイティブではないデザイン”だと、僕は考えています。ほんの何割かでも“機能しないデザイン”があったほうが、新しい表現につながるのではないでしょうか」


フォルマファンタズマの作品群
 
ベナンの子どもたちと、日本語の新しさを発見


倉成 英俊(くらなり ひでとし)氏

トリを務めたのは、司会でもある倉成さん。仕事でアフリカの「ベナン共和国」に行ったとき、同国初の日本語学校「たけし日本語学校」を訪問したそうで、「学校に日本語の辞書がないと聞き、学校の生徒たちと一緒に辞書を手作りしたのです」と振り返りました。
今回のアーカイブとして紹介したのは、その手作りの日本語辞書。

倉成さんは、生徒たちに「ほかの人に教えたい日本語を二つ選んでください。一つは役に立つ日本語、もう一つはおもしろい日本語。選んだ理由も教えてください」という課題を与え、答えとして出された言葉を集めて、辞書にしたそうです。

例えば、役に立つ日本語では「ビックリ=新しい、わからないこと」、おもしろい日本語では「ヘベレケ=たくさんお酒を飲んだ後の人の正体」といったワードが挙げられたとのこと。
倉成さんは、「自分たちが普段使っている日本語にも、角度をちょっと変えるだけで、こんなに新しい発見があるんだと、ベナンの子どもたちに教えられました。とても刺激を受けましたね」と話します。


ベナンの「たけし日本語学校」で作った日本語辞書
 
共通のキーワードは背景

倉成さんが持参した、このベナンの日本語辞書というアーカイブが、登壇者の皆さんの関心を集めた様子。
木村さんは、「そんなに日本語をよく知っていて、鋭いツッコミを入れる子どもたちがいるなんて、知りませんでしたね」とコメント。
小野さんも、「辞書を一緒に作るというのは、みんなの中にある情報をうまく引き出す仕組みですね。新しいコミュニケーションの方法として参考になりました」と、感想を述べました。

今回の裏アーカイブの総評として、倉成さんは、「情報が多様化している中で、アウトプットを“ちゃんと混ぜる”ことが重要」と指摘します。
「例えば、木村さんのDJの話も、坂西さんのワインの話も、僕を含めてほかの業界の人は知らない情報でした。情報が溢れている世の中では、お互いの情報チャネルや趣味・嗜好が違えば、これだけ新鮮な情報が集まるんだと改めて実感しました。
もちろん汗をかいて集めた、地に足が着いた情報でなければ、インスパイアされませんが、そうした新鮮な情報は、アウトプットだけではもったいない。混ぜてみることですごく面白くなるし、新しいチャンスを生み出すのではないかと思います」

最後に、倉成さんは、「共通のキーワードは背景ですね」と強調しました。
「何ごとも背景に注目すべきなんです。例えば、これまでに成功した広告を調べてみると、コンセプトやクリエイター、資金、時間といったプロモーションをスムーズに運ぶ条件が、舞台裏で揃っているケースが多い。
広告に限らず、企業活動でも、政治活動でも、裏のプロセスを大事にして、突き詰めていけば、いい仕事につながるのではないでしょうか」との考えを示し、プロジェクトを締めくくりました。

だとすれば、クリエイティブ・キッチンで収集された裏アーカイブも、多様性をインプットしながら、普段は見えていない広告の本質を、レントゲン写真のように映し出す存在なのかもしれません。さて、皆さんは、どんな裏アーカイブが“刺さった”でしょうか?

第3回で取り上げられた「裏アーカイブ」一覧

【鳥巣さん】
●これまでにない餃子を作るプロジェクト「トゥギョウザー」
●福島県双葉町の原発の標語看板「原子力明るい未来のエネルギー」
●寺内元帥騎馬像をリノベーションした東京・三宅坂の「平和の群像」
●「国境離島」の地図
●絵馬に貼る「神のみぞシール」

【坂西さん】
●ワイン「ボー・ペイサージュ」のラベルのメッセージ
●インド料理店「ガガン」のメニュー
●ゴディバの新聞広告「日本は、義理チョコをやめよう」

【木村さん】
●写真家アレックス・パーチによるレコードジャケットのロケ地巡り
●レコードを使ったクリスチャン・マークレーの作品
●ロバート・ラウシェンバーグがデザインした「トーキングヘッズ」のジャケット
●アメリカン・アンダーグラウンド・ミュージックとアメリカン・アンダーグラウンド・コミックス
●横尾忠則氏がデザインした『ポール・モーリア R&Bの素晴らしい世界』のジャケット
●藤原新也氏がデザインした『昭和大赦』のジャケット

【小野さん】
●「フォルマファンタズマ」の作品群

【倉成さん】
●横川竟氏(すかいらーく創業者)の広告コピー「独身の若者が店を開きます」
●講義を注文できる「マクドナルド放送大学」
●ベナンの「たけし日本語学校」で作った日本語辞書
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