広告界のレジェンドによるおススメ本シリーズ第6弾!

角田誠
(Makoto TSUNODA)
コピーライター/クリエーティブディレクター/(株)角田誠事務所 代表取締役
早稲田大学第一文学部心理学科卒業、電通入社。営業局勤務の後、コピーライターとしてJR東海、メルセデス・ベンツなどを担当。1999年よりクリエーティブディレクターとして、ポカリスエットはじめ、多くのブランド作業に従事。2008年CR局長、2014年エグゼクティブ・クリエーティブディレクター。2016年、独立。広告クリエーティブに加え、経営トップをサポートして企業スローガンやステートメント、ブランドブックなどの制作、ミュージアムの展覧会企画、MEN’S Precious巻頭エッセイなど、領域にとらわれず活動の場を広げている。国内広告賞はじめ、海外受賞も多数。審査員も多く経験。コピー代表作には、「距離にためされて、ふたりは強くなる。」(JR東海)、「人は誰でもミスをする。」(メルセデス・ベンツ)、「私のいのちの水。」(ポカリスエット)などがあり、三越伊勢丹メンズ館の日経新聞シリーズは12年間に130回超を連載。ショートストーリーブック「淑女への贈り物」(小学館刊)、ケミストリー、ゴスペラーズへの作詞提供も。東京コピーライターズクラブ会員。宣伝会議コピーライター養成講座講師。長岡造形大学非常勤講師。
書くための栄養になることばのごはん

「新・名作コピー読本」
鈴木康之 著 | 誠文堂新光社 | 1987年
書くだけじゃダメ、伝えなくては。どこにもそうは書いてないけれど、それが伝わってくるのです。
タイトル通り、名作コピーのグランドメニューなのですが、その紹介文がすでに、味わい深い名作ボディコピーなのですね。鈴木康之さんは、代表作である協和発酵の新聞広告シリーズで、理系のロジックを、文系の読者も興味を惹かれてやまないように書いた名手。隣に腰かけて、おだやかに、しかし信念を持って語りかけてくる文体。書き文字も、ヒトは脳内で音声として理解するのではないか。あれこれ思考したくなるこの魅力は、技術というより人格から生まれるのかな、だとすれば到底無理か、と目指したり、あきらめたりしながら、読んだり、書き写したりしました。続編ともいえる「名作コピーの教え」も、召し上がれ。

「TCCコピー年鑑1988」
東京コピーライターズクラブ | 誠文堂新光社 | 1988年
コピーがうまくなりたい一心で、枕やダンベル代わりにもしたものです。
この分厚さは、広告が底抜けに元気だった時代の証拠です。背の綴じがバラバラになるほど、読み、書き写しました。私のグランプリは、三菱鉛筆プロッキーの新聞全頁「いつまでも、かすれない恋がほしい」。秋場良一とは、どれほど繊細な書き手だろうと妄想していると、なんと、彼の部下になる幸運が巡ってきたのです。ところが。実像ときたら、デスク脇のテレビで連日ナイター観戦。巨人が奮わないと鬼の形相で「バッカヤローッ!」。これが、遠目には私が何かやらかしたようにしか見えないのです。つい「書くものと書く人は違うのですね」とつぶやいた若造を見つめると、タバコを揉み消し、形勢逆転を待たずに「飲みに行くか」。「かすれない恋がほしい」の、「ほしい」。そこには美しい照れが引力のように潜んでいて、商品性をレトリカルに表現しただけのものではなかった。そう気付いたのは、彼が51歳という若さで去った後でした。

「のはらうた」
工藤直子 著 | 童話屋 | 1984年
巻末の「のはらみんなのだいりにん」の紹介文にまで、読者への想いがあふれています。
工藤直子さんは、実は女性コピーライターの草分けでもあります。短く書く。キャラクタライズする。だから、この小さな本にも、ヒントがあふれんばかり。童話の読み聞かせのスタイルで、CMを企画したことがありました。どんな物語がいいかと、小学生だった息子と娘にたずねると、声をそろえて「のはらうた」というではありませんか。ふうんと読みはじめると、これがやめられない、とまらない。動物たちが、つぎつぎ話かけてくるんです。人の声で。ちょっとやさぐれた「かまきりりゅうじ」は、ぜひにとイッセー尾形さんにお願いしました。このキャステイング、りゅうじ自身がしたようなものです。工藤さんが、私の子らを「私の小さな友だち」と呼んだとき、その眼差しのおおらかさとことばの切れ味に、「大きなお友だち」は、ハッとしたものです。

「名作うしろ読み」
斎藤美奈子 著 | 中央公論新社 | 2016年
アイデアに、タイトルのネーミングに、切れ味のいい文体に、もはや脱ぐ帽子もありません。
痛快ということばがありますが、痛くて快いというのだからやや変態めいていますね。チクチクムズムズする文章に出会うたび、筆者を確かめると、高い確率で斎藤美奈子さんの名があるのです。名作文学の書き出しは誰でも知っていても、「お尻」は知らないでしょ。というか、どうせ読んでないでしょ。そう突き放してくれる。ピリッとスパイシー。痛快ですね。痛さの方か勝ってはいますが。私は偉そうにボディコピーを語るとき、つい書き出しの重要性に熱弁をふるいます。1行目がに力がないと、読者を2行目へ連れて行けないと。「お尻」コピー、つい、ないがしろにしていました。斎藤シェフは、こういうでしょうね。そもそも、うしろ読みなんて企画、君には思いつかないでしょ。うーん、またもピリッ。

「散歩のとき何か食べたくなって」
池波正太郎 著 | 新潮社 | 1981年
食欲を刺激するのは、映像よりことばなんじゃないかな。タイトルだけでも、ほらね。
食品を担当するコピーライターは、「うまい」「おいしい」より「うまい」「おいしい」表現を考えてくれ、と窮地に追い込まれることもしばしば。私の師匠・柳島康治さんはビールのCMで、名優さんに「うれしい」と言わせました。うまいなぁ。コピーも、ビールも。さて、文豪は銀座へ、神田へ、京都へと出かけます。ついでにふらり、暖簾をくぐり舌鼓を打つわけですが、その味わいが、直裁な表現ではなく、店のあるじとのやりとりや、幾度も通ったからこそ語りえることばから伝わってくるのです。思い出とともに綴る「むかしの味」、通ぶることをたしなめる「男の作法」も、ぜひ、ぜひ。急な空腹を覚悟して。

「猫の客」
平出隆 著 | 河出書房新社 | 2001年
受験参考書以来でしたね。赤鉛筆にぎりしめて、一文一語を追ったのは。
詩人はことばで美を追求し、コピーライターはことばで商業的な目的を達成する。両者は、まったく違います。時々、広告を「作品」と呼ぶ人がいますが、違和感は否めませんね。さて、書き出し読みと称して、ある時期、書店で書き出しばかり読んで歩いていたことがありました。「はじめは、ちぎれ雲が浮かんでいるように見えた。」この1行にやられたんですね。詩集ではありません。詩人による、猫をめぐる物語。こねくりまわした形跡がまるでないことばが、そこにある。いきいきとした素材が、そのままのふりして見事に盛り付けてある。それがいかに美しい作業であるかを、教えてくれました。これはまぎれもない「作品」です。

別冊太陽「手紙」
高橋洋二 編 | 平凡社 | 1984年
いつか、「メール」なんていう本も出るんでしょうか。
広告はターゲットに宛てた一通の手紙。コピーはまさにそれで、ラブレターのように書けと教わりました。好きだ、好きだと書いても、相手は遠ざかってしまうから、あえて弱みをさらけ出して心を開かせるのだ、とも。特定の誰かに宛てた手紙と、広告メッセージは根本的に違うのではないか。その疑問ももっともですが、広告に触れるとき、読者はたいていひとりなんですね。そのひとりを想像して、語りかける。これをおざなりにすると、ぼんやりつぶやいたり、ただ叫んでいるだけの、散らかったことばになってしまうのですね。料理も、きっとそうなんじゃないかなぁ。

「聖書」
日本聖書協会 | 2018年
おすすめは、ルカによる福音。医師だったので描写が細やかと言われています。
ひとは独りでいてはいけない」「はじめにことばがあった」など、キラーフレーズの宝庫として。あるいは、自立する息子を持つ母の物語として。人類のベストセラー、一度はめくってみてください。「イエズス」と呼ぶカトリックと、「イエス」と呼ぶプロテスタントが「共同訳」を出版した時、その名はなんと「イエスス」に。ヘブライ語の発音に近い表記だったそうですが、幼児洗礼のカトリック信者の私には、濁点以上の喪失感がありました。外国語のネーミング、日本語表記は難しいですね。今では「イエス」に統一されています。最後の晩餐で、イエスはパンとぶどう酒に自らを託します。食べることは、生きていくことなんですね。
ことばのごはんおかわり

「幸福を見つめるコピー完全版」
岩崎俊一 著 | 東急エージェンシー | 2015年
「幸福になること。人は、まちがいなく、その北極星をめざしている。」胸打たれるメインディッシュの前に、まずは前菜、序文をじっくりと味わってみてください。

「名文どろぼう」「名セリフどろぼう」
竹内政明 著 | 文藝春秋 | 2010,2011年
著者は、読売新聞「編集手帳」の名コラムニストです。真のユーモアは表層にあらず、軽妙な言い回し、シャレ。その奥行きを味うべしと説く。

「石井桃子のことば」
中川李枝子 松居直 松岡享子 若菜晃子 他 著 | 新潮社 | 2014年
喩えるなら翻訳は、オリジナルの料理を研究し尽くし、もっとおいしく感じるように工夫したもの。絶好のコピーのお手本です。子ども向けに徹した、名翻訳家のこころの片隅を覗きましょう。

「注文の多い料理店」
宮沢賢治 著 | 新潮社 | 1990年
賢治のどこが好き。これは、ご意見いろいろでしょうね。私は、オノマトペ。さあさあ「注文の多い料理店」をずんずん読んで、ざわざわしてみよう。

「にほんご」
安野光雅 大岡信 谷川俊太郎 松井直 編 | 福音館書店 | 1979年
ひらがなコピーは、食べやすそう。漢字だらけのコピーは、歯が立たなそう。文字もビジュアル。ごはんもおかず、ちょっとちがうか。

「土屋耕一の武玉川」
土屋耕一 著 | ポモドーロ | 2010年
武玉川とは七七で詠む句で、みんなが潤うようにという意味だそう。真剣に考えてはニヤリ、そんな土屋さんを想像していると、潤うなぁ。

「俗物図鑑」
筒井康隆 著 | 新潮社 | 1976年
悲しみのどん底にいる時に、うっかり手にして、涙を流しながらヘラヘラ笑いが止まらなくなり、ついに気が触れたと思われました。感情破壊エキス入り。

「月のしずく」
浅田次郎 著 | 文藝春秋 | 1997年
ストーリーものを書いていた頃、短編集をむさぼりました。市井の人々の哀しみを描く、その筆力にひれ伏しながら呑む酒の、まぁしみること。

「ルージュの伝言」
松任谷由実 著 | 角川書店 | 1984年
美しい夕焼けを表現するために、ラブソングをつくる。それって、メッセージとメディアじゃないか。キャビアのようなユーミンの手料理。

「今夜、すべてのバーで」
中島らも 著 | 講談社 | 1991年
消毒アルコールに手を出しちゃダメ!と思わずツッコミながら読み終わると、したたかに酔っておりました。中島らもさん、コピーライターでした。

「やっつけメーキング (田中偉一郎の本 1) 」
田中偉一郎 著 | 美術出版社 | 2010年
やっつけ、とは世に存在するあらゆるものへのカウンターパンチ。優秀なアートディレクターとは、いかに厄介な食材だろうと包丁も持たずに料理してみせる、実に困った存在です。

「A capricious concept」
Yasuo Baba(ホイチョイ・プロダクション) 著 | Shogakukan | 1984年
Resutorandato omotte haittemiruto sokowa izakayadatta. Bakkadanaaa! to warainagara ima yomuto,nanndaka urayamashii kigasurunodearu.

「小泉今日子 書評集」
小泉今日子 著 | 中央公論新社 | 2015年
キョンキョンの読書力と言語力。下手くそなお前の料理より、さっさとこの1冊出せよ、って、いやはや、まったくもってその通りです。

「カセットブック CDブック」
向田邦子 著 | 新潮社 | 1987年,1999年
こう読まれるために書かれたんだろうなぁ。可笑しくてどこか哀しい向田文学を、名優の息づかいでも、ぜひ。書いた文章は必ず、音読すべし。そんな学びもありました。調子にのって、自分でも読んでみましたが、これがまた、どうにもヘタくそで。CMのNAは大竹しのぶさん。コピーに命をふきこんでもらいました。