コラム

2019.06.07

【イベント・レポート】公開サロン‐文化人類学者とみる広告コミュニケーション#2



2019年1月26日(木)、アドミュージアム東京の交流スペース「クリエイティブ・キッチン」で公開勉強会「文化人類学者とみる広告コミュニケーション#2」が開催されました。
日本と世界の文化に精通する文化人類学者、ガーニエ・アイザックさんが、アドミュージアム東京・学芸員の坂口由之をはじめとする広告のプロと一緒に、ミュージアムのアーカイブを題材として「日本のオリジナリティとは何か」を探るというこの企画。広告を外部の視点から見つめ直し、新たな気づきを得るのが狙いです。
第2回のテーマは、日本の「国際性 - Globality」です。
 
参加者

ガーニエ・アイザック 文化人類学者
岡田芳郎 広告ジャーナリスト
三枝雅人 マーケティング・コンサルタント
福田敏彦 元・法政大学教授
白土謙二 思考家
濱田逸郎 江戸川大学名誉教授
中村優子 アドミュージアム東京副館長
坂口由之 アドミュージアム東京解説員/学芸員
樽澤武秀 アドミュージアム東京学芸員
 
『世界花嫁競べ』になぜ注目したのか?


「世界の花嫁競べ(西川の御案内付録)」1935年 (昭和10)
婚礼向けに制作された大手寝具・インテリアメーカーの西川産業のパンフレット「西川のご案内」。和服、洋服をはじめ布団、家具に至るまで、婚礼に必要な品をすべて西川で取り揃えられることをカラーページで紹介している。その中の本誌に綴じ込まれている付録が「世界花嫁競べ」。商品のまわりに世界中の花嫁の写真を載せている。


ガーニエさんが取り出したのは、現在の西川産業が制作した『世界花嫁競べ』という古い広告資料。A3版ほどのサイズで、真ん中に婚礼用品の写真と目録が掲載され、それを取り囲むように、日本やヨーロッパ、インド、アフリカなど世界各国の花嫁を撮影した写真30枚が配されています。ちなみに、花嫁の写真はほとんどがモノクロですが、1枚だけ和服を着た日本の花嫁のカラー写真があります。


司会を務める坂口さんは、「当時の西川は、蚊帳・畳表から寝具に事業の主軸を移し、13代目の西川甚五郎氏が米国留学から帰国して、近代的な広告戦略を導入しようとしていたのです」と解説。


ガーニエさんは、数あるアーカイブの中から世界花嫁競べに注目した理由を、次のように説明しました。
「日本の花嫁も、欧米の花嫁も、アジアやアフリカの花嫁も、平等に扱っている視点が新鮮でした。当時の欧米ではありえなかったことです。欧米の広告なら、アジアやアフリカの文化を野蛮で、欧米の文化よりも劣っていると位置づけたでしょう」


世界花嫁競べを熱心に眺める参加者たち。
口火を切った白土さんは、「タイトルは“花嫁競べ”になっていますが、別に花嫁さんのコンテストではないですね。しかも、花嫁と言うよりも、世界にはさまざまな結婚式の形があることを、紹介する内容になっていますね」と、感想を述べました。
 
世界に対する日本人の意識と知識


福田さんは、「この広告が制作された頃、日本では国際連盟脱退(昭和8年)といった国際化とは逆行する動きが起こっていました。それなのに、なぜ世界の花嫁を取り上げたのでしょうか」と疑問を呈します。


三枝さんも、「当時の日本は、欧米と肩を並べるようになり、満州国を建国するなど帝国主義化していました。アジアやアフリカを見下すようになっていたと考えていたので、ちょっと意外でしたね」とコメント。

それに対して、坂口さんは、「当時の日本国民にとって、政治と経済の動きは別だったのでしょう。東京ではオリンピックや万国博覧会の開催が予定されていたし、国際協調の機運がまだ残っていた。戦時色が強まったのは、太平洋戦争の始まった昭和16年前後からでしょう」との見方を示しました。


濱田さんは、カタログの婚礼用品セットが高額なのに注目。「ターゲットにしていたのは、当時のいわゆる富裕層、上流家庭ですよね。だから、世界の結婚式を紹介することで、顧客の知識欲や好奇心を満たすのが狙いだったのではないでしょうか。ポスターとして室内に貼ると、ちょうどいい大きさですし」との意見を述べます。

ガーニエさんは、「見ておもしろいだけでなく、ためにもなる。“インフォテイメント広告”の先駆けだったわけですね」と応じました。
 
日本のグローカル化とは何か

世界花嫁競べには、日本の神前結婚の写真も、ヨーロッパのキリスト教式結婚の写真も並べて載せられています。ガーニエさんによれば、実は、神前結婚は1990年(明治33年)に大正天皇が初めて行い、民間にも普及したのですが、キリスト教式結婚を参考に考案されたものとのこと。

ガーニエさんは、「海外の文化をそのまま導入するのではなく、伝統的な文化を生かしてアレンジする。それが日本文化の特性であり、グローバルとローカルがあいまった“グローカル”な文化なのです」と説明しました。


昭和10年代に少年時代を過ごした岡田さんは、「当時の中流以上の住宅は、たいてい洋風の応接間もあれば、和風の茶の間もあった。和洋折衷様式でした。それも日本流のグローカルな文化だったわけですね」と振り返りました。
濱田さんも、「日本には本格的なフレンチやイタリアンもありますが、トンカツやナポリタンスパゲッティのように、日本独自の欧風料理“洋食”もありますね」とコメント。

すると、ガーニエさんは「日本文化は、欧米の要素もあれば、アジアの要素もあるという“多国籍”な文化なんですね。さまざまな文化が融合されているので、逆にどんな国の文化にもマッチできる“無国籍”な文化とも言えます。“アニメ”や“ハローキティ”といった日本のカルチャーは、それゆえ世界に通用するわけです」と述べました。
 
欧米の近代化理論をひっくり返した日本


ガーニエさんは、アーカイブの中から三越のPR誌(昭和7年・8年刊)もピックアップ、「ご覧ください。現代にも通じるセンスがある。言われなければ、いつ作ったものかわからないでしょう。このように、グローカルな日本文化は、国境を越えただけでなく、時間も超越しているわけです」と論じます。

白土さんは、「欧米文化が時間とともにバージョンアップしていく“地層”タイプだとすれば、日本文化は“断層”タイプですよね。過去と現在の文化が、渾然一体となっていますから」と、ガーニエさんに同調しました。

文化人類学的に見て、「日本はとてもユニークで、オリジナリティに溢れています」と、ガーニエさんは強調します。
「日本は高度に発達した近代国家でありながら、東西古今の文化が共存しています。そのため、西洋文化がほかの地域の文化、過去の文化を否定しながら進化していくという欧米の“近代化モデル”を打ち壊し、ポストモダンの思想を見直すきっかけになったのです」

そして最後に、ガーニエさんはこう締めくくります。
「日本は欧米以外で唯一、欧米に並ぶ国力を手に入れた国でした。外国の文化に寛容だったからこそ、アジアでありながら、明治維新によって欧米の文明をいち早く導入し、近代化に成功できたのです。それゆえ、欧米でもない、アジアでもない独自の国際化も実現できたのでしょう。今回の広告アーカイブからも、日本のそうした国際性が見て取れますね」



ひとつの資料を紐解いていく中で、新しい発見や気づきがたくさんありました。日本の国際性について、皆さんはどうお感じになったたでしょうか。
 
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